風呂掃除と激痛と
やもめ暮らしの家の掃除は決して綺麗と言えたものではないことは自覚していた。
母と同居し始め直ぐに綺麗な風呂に毎日入れるようにと親孝行の真似事の如くその日は朝から風呂場の隅々まで綺麗に掃除しようと意気込んでいたのであった。
手始めに浴室の天井を見上げると黒いカビが点在しており以前から気になっていたがほったらかしにしてあった所から攻めることにしたのであった。
湯船の縁に乗っかり黒い点々を指先で撫でるとやはり黒カビであった。
早速カビ取り剤のスプレーを天井一杯に万遍なくスプレーし使い方説明にあった通りに暫く放置した。
その間に壁を洗い床を洗い鏡のウロコを除去しいよいよ残すは天井のみであった。
天井に水を掛け黒カビの取れ具合を確かめてみたが完全に取れてなかった。
商品に偽りありじゃないかと思った。
この黒点を完璧に取りたかった。
そんな自分の性格が時々嫌になる。
指先でしごいても取れないのでスポンジに洗剤を染みこませ湯船の縁に乗っかり天井を擦りまくったのであったが奴も中々しぶとく点々は薄くなったがまだ残っていたのであった。
洗剤を換えて右手にスポンジ左手にスクレーパーを持ち再度湯船の縁に乗り上を向いた瞬間であった。
それは一瞬であったがやたら長く感じた時間でもあった。
無重力を味わった後に首に激痛が走りその場で唸るだけしか出来なかったのであった。
私は唸りながら何が起きたのか直ぐに理解したのであった。
ただこの激痛は遠い昔に味わった痛みであることを鮮明に思い出したのであった。
湯船の縁に乗っかり上を向いた瞬間に滑って80センチメートルの高さから受け身をすることもなく湯船の底に尻から落下してその衝撃がモロ首にきたのであった。
そのけたたましい音に母親が駆け込んできた。
私の姿を見て何が起きたのか母が理解できたかは定かではなった。
暫くの間湯船の中で唸る私と傍らに立ち尽くす母に交わす言葉は無かったのであった。
湯船の中で体育座りの体勢から兎に角早く抜け出し横になりたかったのであった。
湯船の縁に両手をかけ何とか立ち上がろうとするが首に激痛が走り美味く立ち上がることが出来ないのであった。
痛みが治まるのを待って騙し騙しゆっくりと立ち上がることが出来たが態勢を変える度に激痛が襲い掛かりやっとのことで這い出て浴室の床に仰向けになれたが激痛が治まるのを待つしかなかったのである。
黒い点々を見ながらなんだか嫌な事が待ち構えているようで慣れない親孝行など罰が当たったのだろうかと後悔する日であった。