喫茶店と煙草
鬱病を発症し復職した彼を人事異動で引き受けた以上は、何とか以前の彼の姿に戻れるよう彼を会社近くの喫茶店に連れ出したのであった。
彼と距離感を詰めるには私から洗いざらい自分をさらけ出すことしか思いつかず、喫茶店の片隅で生まれ育った田舎や家庭環境の特に父親とのいざこざを話したのであった。
話をするが彼はこちらを見るわけでもなく、目の前のコーヒーに手を伸ばすこともなく、どこかボンヤリと一点を観ていたのであった。
私はコーヒーを一口飲み、煙草に火を付け通路側に煙を吐き出し彼を見ると、こちらをじっと観ていたのであった。
この時が彼と目を合わせた初めての瞬間であった。
これまで彼と接してきたが互いに目を合わせることが出来なかったのである。
私は咄嗟に「煙草ごめんね」と灰皿でもみ消そうとした瞬間、彼が「一本良いですか」と言ったので、すかさず煙草箱と100円ライターを彼に手渡したのであった。
彼はチョコンと頭を下げて煙草に火を付けたのであった。
私は彼が煙草を取り出し口に咥える仕草を観て吸い慣れている感じであるが最近辞めていたのかなと推察したのであった。
私は彼の前に灰皿を差し出し2人で煙草をふかし暫く無言の状態であったが、ようやく彼もコーヒーに手を伸ばし、美味そうにプカプカ漂う煙を見ていたのであった。
私は話をせずに、ふかしながらコーヒーを一口飲み受け皿に置くと、彼が「○○さん(私)は、今までの管理職と違うんですね」と言ったのであった。
私はその意味が分からず、「えっ」としか言えず暫く無言でいたのであった。
彼は煙草をふかしながら、何かを思い出すようにゆっくりと話をしたのであった。