オヤジの闘病回想記

ブログ「猫と杖とキャンピングカーと」に登場する1956年生まれのオヤジが約40年前に大怪我をし、躰の自由を奪われ人生観が激変、現在に至るまでの葛藤を綴った記録です。

残り3ヶ月の葛藤

入院から15ヶ月。
この頃、私は上半身にコルセット、左脚にはシューホーンブレイス(短下肢装具)を装着していたが、いずれもジャージーの下に装着していたので、立ってる姿は、普通に歩くことが出来る患者にしか見えなかった。

車椅子から歩行器でリハビリ室に移動できるまでに回復してリハビリ室では平行棒の中で、吊り橋を歩くような格好でユックリと歩く訓練をしていた。

しかし左脚の運びがぎこちなく、シューホーンブレイスでつま先を持ち上げるように保持していたが、太腿の上がりが少なく、力まないと歩く動作にならなかったのである。

そのため左脚のリハビリは掴まり立ちしながら、太腿の上げ下げ、つま先立ち、座位で膝下を伸ばす等、理学療法士のM氏があらゆるメニューを立案し全て実行する自主トレをやっていたのである。

いずれにしても、歩行器で歩けることに歓喜したが
私の中では、残り3ヶ月でコルセットやシューホーンブレイスを装着せず、せめて片松葉杖か杖などで歩行することが目標であった。

上肢では、特に右手の平を開くことが出来なかったので、右利きの私には、何かと不都合な場面があった。
苦労したのが、先が丸い箸や塗り箸での食事である。ツルツル滑るので器を口にあて、流し込む格好になるのであった。
そのため、滑らない先が四角になった竹の箸か割り箸を用いたが、挟んで持ち上げるのは少量でしか出来なかった。特に魚料理の上手い箸裁きができず、箸で解し食するしかなかった。

残り3ヶ月。
自活できるレベルではないが、この立ち姿と歩行器を使い歩けるようになった姿を初見で治療してくれたDr.ノウィッキーに見せてあげたいと思っていた。

彼だけが、当初から「杖など使い自立歩行が出来る」との見立てをしてくれていたのだ。
残念ながら、日本の医者の見立ては「良くて車椅子での生活」と言っていたから、この差は何なのか医療先進国との差なのか?

いずれにしても会社への復職に向け、上肢よりも下肢、特に左脚のリハビリや自主トレに集中するのであった。

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