祝・人生初!!マグマ大使
自主トレを始めてから1ヶ月が過ぎた頃には、理学療法士のM氏が従来の自主トレメニューに新たなメニューを加え、日を追う毎に躰が回復していった。また、その早さに喜びを感じていたのであった。
リハビリ室でもM氏が介助しながら車椅子から平行棒の間で立ち上がる訓練やマット上で四つん這いになる訓練も追加されていたのであった。
更に500gのウエイトを両手首、両足首に巻き上下左右に動かし筋力をつけるリハビリなど、動かせる筋肉に負荷をかけてリハビリをしていたのであった。
体幹や四肢には、少し筋肉が付きはじめていたが、
麻痺が残る両手の母指球筋(親指の付け根辺りと人差し指の間ぷっくりした筋肉)は明らかに健常者と違って、見る人が見れば頚損だと判る手の肉付きとなっていた。
尿意と便意も回復傾向であったが便秘症は相変わらず薬に頼っていたのでリハビリは念のためオムツをしてから実施していた。
ともあれ自主トレ開始から想像以上の回復であった。
しかし順調な日々は、とあるきっかけでもろくも壊れてしまったのである。
調子に乗りすぎたのである。
一生の不覚であった。
その日は私と同じ頚損患者K氏の転院先が決まり、朝から母親とK氏が身の回りの片付けをしていた。
私は朝食後、いつも通りベッドの周りをカーテンで仕切り自主トレを始めるため、時間はかかるが独りで寝巻きからジャージーに着替えをしていたのであった。
着替えの最後は靴下を履こうと、上体を前かがみにさせたとたんに、朝ごはんでお腹も膨れていたからか下腹部が圧迫され、嫌な感覚が・・・
「ヤバイ」
「マズイ」
「耐えろ、耐えてくれ~」・・・自分との戦いだ。
渾身の力をある一点に集中して
とにかく看護師さんを呼びたかった。
ナースボタンは背中側にあり、振り向けば届くが
こういう時に限って上手く上体を起こせなかった。
また、振り向くと大変な事になりかねないと思ったのである。
変な汗が出ていた。
この感覚がおさまるのをじっと待つしかなかった。
こんな時、人は非力である。
目を閉じ、小さな息をして、じっと、この感覚がおさまるのを待つしかなかった。
しかし、やがて上体を支えていた両腕がプルプルと震え出し、ベッドがガタガタ小刻みに振動し、その振動でナースボタンが狭いところに落ちたような音がして、それを確かめるには上体を起こし、振り向かなければ見えないのであった。
意を決して、ゆっくり上体を起こし、そっーと振り向くと、やはりそこにナースボタンは見当たらず落ちてしまっていたのである。
最大の頼みの綱であったナースボタンはもう使えない悲しい現実が私を絶望へと突き落とすのであった。
目を閉じ、元の態勢に戻り、この嫌な感覚をやり過ごそう。もうちょっとすれば直におさまるはずと信じていたのであった。
何かいい手はないか?・・・思案し・・・
意を決して、K氏のお母さんに「すいません!ナースボタン押してもらえますか?」とお願いしたのであった。
これで大丈夫と、思った瞬間、猛烈な痛みと押し出してくる感覚が迫ってきたのである。
たまらず力が緩んでしまった。
シマッタ!!
ここで緩むとは「一生の不覚」と思ったが、後の祭りであった。
全てが終わり、そして何かが始まったのである。
それは、怒濤の如く、まるで溶岩が噴出するかのように、止めどもなく、出てきたのであった。
もう、誰にも止めることは出来なかった。
程なくしてから、看護師さんが来てくれたが、直ぐに察して(マグマの香りで)、なにひとつ表情変えずに、「ちょっと待っててくださいね」と言いながら、どこかへ去って行ったのである。
私の出続けていたマグマはやっと終息していたが、マグマの毒ガスで鼻と目をやられ、恐らく病室全体に被害が及んだと察したのであった。
やがて看護師さんが、マグマ処理道具一式を持って現れた。頼もしい姿であった。
私の着ていたジャージー、肌着、パンツ、靴下を丁寧に、何処にも触れないように脱がしてくれるのであった。
最後は本丸のマグマまみれの下半身を何度も何度も清拭していただき、あらためて看護師さんの仕事に頭が下がる思いで一杯であった。
清拭が終わり、私は一旦、裸のまま、車椅子に移乗し、その間にベッドシーツ、防水シートなど漏らした痕跡が残らないよう取り替えていただき、手際よく後始末をしてもらった後、洗濯したての肌着、パンツを履かせてもらい、後は「自分でやりますから」と伝え、感謝の意を伝え、暫くカーテンの中で茫然としていたのであった。
病室内にあの強烈なマグマ臭が充満していた。
私は、以前「オナラ」で自意識過剰を吹き飛ばし、ここに来て、今度は「マグマ」で自尊心を木っ端微塵に殲滅させられたのであった。
あ~あ~っ!やっちまったな~。
人生初!だな~っ。と暫く余韻に浸っていると・・・
カーテンの向こうから「なに!ウ〇コを漏らしたん」とK氏の声が聞こえた。
私は「派手にやっちゃったよ~」と答えると
K氏が「結構臭かったし・・・」と、少しふて腐れて聞こえた。すると、すかさずお母さんが、「なに言ってんだい。あんたの方(K氏)がもっと臭かったよ」と、フォローにならないフォローをしてくれるのであった。