オヤジの闘病回想記

ブログ「猫と杖とキャンピングカーと」に登場する1956年生まれのオヤジが約40年前に大怪我をし、躰の自由を奪われ人生観が激変、現在に至るまでの葛藤を綴った記録です。

ブカブカ洋服と手紙

入院17ヶ月に入り、転院準備で身の回りの整理をはじめていた。

ベッド傍のロッカーの扉を開けると17ヶ月前に着ていたジャケット、シャツ、ズボンがハンガーに吊してあった。

ベッドの周りのカーテンを閉めて、ズボン、シャツを着てみたがズボンはウエストがブカブカでシャツもひとまわり大きく、なんとなくしっくりこなかった。

ジャケットに至っては、他人にあつらえたような感じで、前ボタンもスカスカだし、ウエストラインが躰にあっていなく、他人のジャケットを羽織っている様に思えたのであった。

17ヶ月の歳月で私の躰はひとまわり細くなっていて、全然馴染まなかったのである。

しかし転院の時はこれを着こなして行くしかなかったのである。

更にロッカーの中を覗き込むとバスタオルやジャージーの替えの下に紙袋が押し込められ、引っ張り出してみるとすっかり忘れていたクラッチバックがそこにあった。

17ヶ月もの間クラッチバックの存在さえ忘れていたので、なにを入れていたかなんて思い出せずにいた。
少しドキドキしながらチャックを開けると中からパスポートや免許証、社員証に国際免許証と鍵が出てきたのである。

それらをベッドの上に並べて、17ヶ月前の出来事を思い出していた。

まずパスポートを手に取り食い入るように観ていたが、自分でも吹いてしまうほど、顔がパンパンで間抜け面に映っていた顔写真を観ながら、ベッドテーブルの鏡に映る顔と見比べ、17ヶ月の月日と壮絶な経験をしてきたと判る変貌ぶりに自分でも驚いたのである。

次に社員証にある顔写真とパスポートの写真を見比べ、髪型や瞼の膨らみ加減等を食い入るように観察していたのであった。
顔つきは、そこまで大差なく撮影時期が数ヶ月しか違わない事が判り、納得する自分が居るのであった。

最後は21歳に交付された免許証の写真は、自分によく似た他人の様で、こんな顔してるのかな~って思いながらも、粋がった目つきがよろしくない写真映りであった。

それらを眺めながら過去の自分を思い出し、懐かしんたが、あの頃の躰にもう戻れないんだと・・・
なんとも言えないものが込み上げ、目頭が熱くなり不自由な躰となった現実に連れ戻されたのであった。

気分を変えるために、ジャージーに着替え病院の地下にある売店に行き、雑誌を買おうと手に取ったが、上手くめくれない。
パラパラと出来ない。怪我する前は、いともたやすくやれていたことが出来ない。
リハビリでは、この様な動作訓練はしてこなかったのである。

少しショックで、なにも買わず病室に戻ると枕元に封筒が置いてあった。

一目で事務的なものでなく、品のある封筒だった。

その封筒を手に取ると、「〇〇さま」と私宛になっていて、ほのかに花のような香りがしていたのであった。

会社の女子社員が来たのかと、辺りを見渡すがそれらしき気配を感じなかったのである。


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